儚いからこそ、大切にしなきゃいけないんだ

最近、気になったニュースがある。きっかけは「アプリの通知」でニュースを開いたからだ。その時の記事は「芸能人の結婚」について書いたものだった。

 

俺はその記事をきっかけに何気なくニュースアプリを開いた。一通り読み終えた後に一つの記事に目が入った。最初の印象としては「最近、こういった暴行事件が多いな」という思いと共に記事を見ていたが、次第に自身の怒りが込み上げてきた。何故なら、子供の悲痛な叫びを感じたからだ。その記事は

 

 

東京都目黒区の虐待事件である。

昨年の三月、当時5歳だった結愛ちゃんに対し何度も暴行を繰り返し死に至らしめた残虐非道な事件である。まだ5歳の小さな女の子に対し自分が何をやっているのかもわからなかったのだろうか?

 

教育の一貫でやったにしても勘違いにも程がある。父親の雄大被告は結愛ちゃんに対し異常なまでのしつけを行っていた。朝方四時に熟睡している女の子を叩き起こし、スパルタで勉強を教えたそうだ。ちゃんと理解できなければ両手で顔を殴り飛ばし、冷水を浴びせた。

 

母親の優里被告も、報復を恐れて黙って雄大被告に従っていたという。だが、結愛ちゃんが助けを求めていたのにそんな言い訳は通用しない。

 

生前、助けを求めるように結愛ちゃんはこうノートに綴っていた。

 

《もうパパとママにいわれなくてもしっかりとじぶんからきょうよりもっともっとあしたはできるようにするから もうおねがい ゆるして ゆるしてください》

 

そんな言葉も虚しく、1ヶ月と少しの月日が過ぎたのち、幼い命は無惨にも消えてしまう。あまりにも酷すぎる・・・この子の明るい未来の可能性を考えると胸が痛い。

 

この記事を読んでくれた皆さんは何を思うだろうか?きっとほとんどの方は悔しい気持ちで結愛ちゃんのご冥福を御祈りしてくれているに違いない。

 

そして、私が今願うのは厳しい「教育」をしてる親御さんに今一度今の状況を見つめ直してもらいたい。「それは本当に教育ですか?」、「子供は反省ではなく怯えていませんか?」と。

 

とある漫画によれば「人間の身体の成分」は金額にしていえば簡単に手にはいってしまうものだという。

 

そんな簡単で繊細な人間だけど、皆必死に生きています。どうか、「そんな儚い命だからこそ、大切にしてやって下さい」  まだ見ぬ明日を当たり前に生きるために